小金持泰子〜汗も涙も流さず静かに資産を増やす〜

必死に働いて節約もしてきた。それでも老後の不安は消えなかった。だから私は投資という選択肢を取った。投資(勿論、NISAも活用)と少しの現金で、静かに資産を積み上げている。汗も涙も流さない主義。だって、お化粧が崩れてしまうわ。

いつも読んでくださってる皆様へ

このたび、ブログをWordPressへ引っ越しました。

これまで、はてなブログで書いてきた記事も、大切にしながら少しずつ見直し、リライトしながら新しいブログへ移しています。

すでに記事を公開していて、これからは新しい記事も含め、WordPressで更新していく予定です。

はてなブログでコメントをくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございました。

もしよろしければ、新しいブログにも遊びに来ていただけたら嬉しいです。

▶ 小金持泰子の新ブログはこちら
https://koganemochi-taiko.com

これからも、自分らしいペースで、お金のことや暮らしのことを綴っていきます。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

               小金持泰子

東証7万円の狂騒曲と、我が家のおじさん銘柄の逆襲


今朝の新聞を開くと、大きく「東証終値 初の7万円」という、どこか現実味のない文字が躍っていた。
6月18日、日経平均株価は終値で初めて7万円の大台を突破し、7万1053円49銭をつけたという。
前日比1105円高。世の中はにわかにバブルの熱気に包まれている。
スマホを手に取りSBI証券のアプリを開いてみると、意外なことが起きていた。

■ 秀才たちを出し抜いた、私の日本株

口座全体の評価損益率は+39.14%。
これだけでも十分すぎるほどだが、日本株だけを抽出してみると、
なんと+41.10%
全体平均を明確に上回っている。
投資を始めてから、こんな逆転現象は初めてのことかもしれない。

新聞によれば、この「日経7万円」を牽引したのは半導体関連や東京エレクトロンといった、
今をときめくエリート銘柄たちだという。
実はミーハーな私も、2週間ほど前に「200A(日経半導体株ETF)」をつまみ食い(!)していた。
こちらの損益率は+25.87%。
世間の大波に乗った気分でいたけれど、
私の口座を+41%まで押し上げている真の主役は、彼らではなかったのだ。

■ 半導体の輝きに勝った、おじさん銘柄たち

私の資産を支えていたのは、
三井住友、東京海上、三菱HCキャピタル、オリックス、三菱商事、JT、稲畑産業……といった、
華やかさには少々欠ける、いわゆる「地味株」たちである。
彼らは世間が半導体だと騒ごうが、AIだと狂喜乱舞しようが、ただ黙々と配当を出し続ける渋い面々だ。
私は彼らを3年、4年、あるいはそれ以上前から、
まるでお小遣いを貯金箱に入れるようにコツコツと買い足してきた。
株価が下がれば「あら、お安くなったわね」と買い増し、
配当金をもらいながら、ただ寝かせておいた。
それだけである。
わずか二週間で+25%を叩き出した半導体ETFの瞬発力も悪くはない。
けれど、何年も雨風に耐えながら、
じわじわと根を張ってきた高配当株たちの「含み益の重み」には、
まだ遠く及ばないのだ。

■ 時間という、一番贅沢な武器

派手なトレーディングの才能なんて、私にはない。
ただ「安くなったら買い、あとは忘れる」を繰り返しただけ。
その退屈なルーティンが、今朝の+41%という数字になって返ってきた。
世間がどれだけ浮き足立とうとも、投資において最強の武器は、
高度な戦略ではなく「時間」という名の、一番贅沢な味方なのかもしれない。


※本記事は個人の投資経験に基づくものであり、特定の銘柄・投資手法を推奨するものではありません。
投資判断はご自身の責任でお願いします。

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母が通った喫茶店は、昭和の銀行だった


子どもの頃、月に一度だけ母に連れられて近所の喫茶店に行く日があった。

大人たちが世間話をしながら、テーブルの上で紙に何かを書いている。
私はその意味もわからないまま、ミックスジュースを飲みながら横目で眺めていた。
あの時間が、なんとなく好きだった。

それが「頼母子講(たのもしこう)」という集まりだったと知ったのは、
ずいぶん後のことだ。

■ 銀行もカードもない時代の「資金調達」

頼母子講とは、簡単に言えば仲間内でお金を回し合う仕組みだ。

たとえば10人が毎月1万円ずつ出し合う。
集まった10万円を、毎月ひとりが受け取る。
これを全員が一巡したら終了。銀行も審査も利息もない。
あるのは「信頼」だけ。

「10万円貸してくれる人」なんて、そうそういない。
でも10人で1万円ずつなら出せる。
そのシンプルな発想が、昭和の庶民の生活を支えていた。

◼️早く受け取りたければ少し損をする

なるほどよくできた仕組みであった。
「今すぐお金が必要」な人は、「9万円でいいから今月もらわせて」と申し出る。
差額の1万円は残りのメンバーで山分けされる。
早く受け取る人は少し損をする代わりに、今すぐまとまったお金を手にできる。
待てる人は実質の受取額が増える。
現代風に言えば、これは立派な「金利」だ。
銀行のない時代に、人々は知恵でそれを再現していた。

◼️リスクは「信頼が崩れること」

もちろん危うさもある。
お金を受け取った後に姿を消す人間が出れば、残ったメンバーが損をする。
契約書も保証もない。
すべては人と人との信頼で成り立っていた。

信頼がインフレだった時代の話だ。


◼️今も「模合」として生きている

沖縄では今も「模合(もあい)」という名で続いている。
形は変わっても、仕組みの本質は同じだ。
母たちが喫茶店でやっていたことも、きっとそういうものだったのだと思う。
お金の話をしているようで、実は「つながり」を確かめ合っていた。

あの頃の私には、ミックスジュースと、
大人たちの楽しそうな声だけが記憶に残っている。
金融の話をしていたとは、夢にも思わなかった。



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日経平均7万円の日、アン・ハサウェイという理不尽


◼️有休を取って、友達と映画を観た

今日は有休を取った。
中学からの友達とランチをして、映画を観た。
彼女とのランチは年に1〜2回しているけれど、
2人で映画館の暗闇に入るのは、高校の帰り道以来のことだ。
「もしかして40年以上ぶりじゃない?」
そう言って、お互いの顔を見合わせて笑った。

スクリーンの中では、
アン・ハサウェイが相変わらず信じられない可愛さで輝いていた。
おしゃれで、スタイル抜群で、どう見ても歳を取っていない。

一方の私たちはといえば、
上映前に老眼の話をし、親の介護を語り、
老後の資金計画について囁き合っていたというのに。
時間は誰にでも平等に流れているはずだ。
アインシュタインだってそう言った(気がする)。
なのになぜ、アン・ハサウェイの時空だけが歪んでいるのだろう。

映画の後、友達と「いろいろあるよね」としみじみ話した。
その「いろいろ」の具体的な中身は、ここでは書かない。
50代後半ともなれば、誰の背中にも、他人には見せられない家庭の事情や体調の不安が、
リュックサックのように重く乗っかっているものだから。

◼️帰宅して口座を開いたら

本当に楽しい一日だった。
だから、今日くらいは「お金」のことなんて忘れて、
優雅な余韻に浸っていればよかったのだ。
なのに帰宅するなり、
いつもの卑しい癖でスマホの証券口座を開いてしまった。
ニュースでは「日経平均、史上初の7万円台突入!」と大騒ぎしている。
……まぁ、正確には「一瞬だけ7万円台の敷居をまたいで、すぐに引っ込んだ」という程度の、
慌ただしいタッチアンドゴーだったらしいのだけれど。
それにしたって、日本経済の歴史的なお祭りである。
私の資産も、その風圧くらいは受けているはず。
期待に胸を膨らませて画面を開いた私を待っていたのは、
「前日比 -15万円」の冷ややかな文字だった。
ちょっと待ってほしい。
7万円の大台には「一瞬タッチしただけ」のくせに、
なぜ私の口座のマイナス15万円は、こんなにも「どっしり」と、
そこに居座っているのだろう。
納得がいかない。

◼️高配当株投資家の宿命

まあ、理由はわかっている。
これぞ地道な高配当株投資家の宿命というやつだ。
私の主力は、手堅い商社株や銀行株。
世間が「半導体だ!」「7万円だ!」と神輿を担いで大騒ぎしていても、
私の口座の住人たちは「へぇ、そうなんだ」と冷めた顔で読書をしているようなものである。
一応、流行りに乗って買った半導体ETF(200A)も持ってはいる。
今日も確かに上がっていた。
だが、悲しいかな、わずか26株である。
雀の涙ほどの株数が爆上がりしたところで、
全体の下げをカバーできるはずもなかった。

◼️それでも思うこと

考えてみれば、今日は40年以上の付き合いになる友達と、
現実を忘れて映画を楽しんだのだ。
高校生だった私たちが、こんな年齢になっても健康で、
こうして会って笑っていられる。
それだけで、十分に元が取れたいい一日だったのかもしれない。
口座の15万円なんて、そのうち戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。
それは市場の気まぐれに聞いてくれ、という話だ。

ただ、今日という歴史的な一日を振り返って、
いちばん理不尽で、いちばん納得がいかないのは、
日経平均が7万円に一瞬タッチしたことより、
私の口座が15万円きっちり減ったことより、

アン・ハサウェイが、1ミリも老けていないことである。


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「来年も一緒にいますか?」毎年更新する夫婦の話

◼️Happy Birthday, Mr. President.

Happy Biruthday,Mr.President.

昨日、Netflixで映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』を観た。
トランプが若い頃、どうやってあのトランプになったかを描いた映画だ。
奇しくも昨日はトランプ大統領の80歳の誕生日だったらしい。

株をやっていると、
彼の一言で相場がガラリと変わるスリル(あるいは悲劇)を何度も体験することになる。
「いったいこの男は何者なんだ」という野次馬根性もあって観てみたのだが、
映画そのものはなかなか面白かった。

◼️ロイ・コーンという男

ただ、映画そのものより強烈に記憶に残ったのが、
ロイ・コーンという人物だ。

悪名高き弁護士で、若き日のトランプの師匠にあたる人物。
マッカーシズムの時代に暗躍し、その後もニューヨークの権力者たちの間を泳ぎ続けた、
いわば「闇のフィクサー」みたいな男だ。

そのロイ・コーンが、トランプが結婚したいと言い出した時にこんなことを言う。

「財産を半分失う契約にサインする気か? 結婚は2者間の契約だ。ゼロサムゲームだ」
身も蓋もない。
でも、なぜか妙に納得してしまった。

アメリカやイギリスの離婚における財産分与は本当にすさまじい。
あの人気の兄弟バンドの再結成の理由も離婚の慰謝料を稼ぐためだとか。(真相は知らないが)
笑えない話だ。

◼️毎年、更新するという選択

「結婚は契約」という言葉で思い出したことがある。
男性の知人が、毎年結婚記念日に奥さんと

「この一年ありがとう、来年もまた一緒にいますか?」

と確認し合っているという話を聞いた時、最初は衝撃を受けた。
でも今は、それ、めちゃくちゃ賢いと思う。
結婚して一緒に生活してみないと、相手のことなんてわからない。
ある程度わかった上で結婚したとしても、人の気持ちは変わる。
環境も変わる。自分も変わる。
それなのに、一番盛り上がっていた時期に交わした約束を、
何十年も守り続けることを当然とするのは、なかなか無理のある話ではないだろうか。
「毎年更新」は、むしろ相手への誠実さだと私は思う。
惰性で続けるより、毎年「それでも一緒にいたい」と選び直す関係の方が、
よっぽど健全じゃないか。
まあ、こんなことを大きな声で言うと叱られそうだし、
実際のところ私もそんなことを夫に提案する勇気はない。
でもロイ・コーンみたいなことを言うつもりはないが、
契約である以上、双方が納得して続けるのが筋だとは思う。

映画の感想がこんなところに着地するとは、我ながら思わなかった。

◼️それでも、娘には添い遂げてほしい

……などと好き勝手書いたが、最近結婚した娘には、そんな理屈は抜きにして、
その彼とぜひ添い遂げ幸せになって欲しいと思っている。
親というのは、勝手なものである。


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働かないアリと、息子のこと。


■友人が教えてくれたこと

「働かないアリって知ってる?」

ある日、友人がそう言った。
息子のことを打ち明けた、ある夜のことだ。

アリの集団には、必ず一定数の「働かないアリ」がいる。
どれだけ排除しても、残った中からまた同じ割合で現れる。
これは欠陥でも怠慢でもなく、集団が長期的に生き延びるための仕組みなのだという。
普段は何もしていないように見えるその個体が、
いざという時に動ける余力として機能する、ということらしい。
自然というのはよくできている。

友人は慰めてくれようとしたのだと思う。ありがたかった。
でもその夜は、正直あまり腑に落ちなかった。
うちの息子は、アリじゃなくて人間だ。
そんな言葉が喉まで出かかった気がする。

■お金の現実と、見えない未来

現実問題として、お金のことは頭から離れない。
ありがたいことに、今のところある程度の蓄えはある。
夫にもしものことがあったとして、
息子がこのままだったとしても
私の年金と、配当と、蓄えを合わせれば
おそらく2人でなんとか暮らしていけるだろうという目処は、一応立っている。
あくまでもシミュレーション上の、何もなければの話だけれど。

夫は私より10歳年上でもう間も無く70歳だ。
体力の衰えも、物忘れも、じわじわと現実になってきた。
介護という言葉が、時々頭をよぎる。
そんな時、息子が家にいてくれることを、どこかで頼りにしている自分がいる。
それが打算なのか、親心なのか、自分でもよく区別がつかない。
いずれにせよ、きれいな感情ではないかもしれない。

ただ、先が読めないのは私がいなくなった後だ。
息子が一人になった時のことまでは、どう計算しても答えが出ない。
そこだけが、ずっと心に引っかかっている。

■時代が変わるということ

ただ、最近少し見方が変わってきた。

世の中の変わり方が、想像以上に速い。
AIが仕事を変え、働き方の常識が静かに塗り替えられている。
大きな組織に属して、毎朝決まった時間に出勤して、
定年まで勤め上げることが「普通」だった時代は、
もう終わりかけているのかもしれない。
私自身が30年以上そうして働いてきたから、
それが正解だと信じてきた。
でも正解は、時代ごとに更新される。
息子が生きていく時代は、私が生きてきた時代とは違う。
だとすれば、私の物差しで彼の未来を測ること自体、
そもそもズレているのかもしれない。

■それだけ

友人のアリの話を、今ごろになってまた思い出す。
あの夜は腑に落ちなかったけれど、今は少し違う。
働かないアリが集団の余力であるように、
息子もまた、何かの役割を持ってこの家にいるのかもしれない。
そう思えば、少しだけ気持ちが楽になる。
もちろん、それで将来への不安がなくなるわけではない。
息子が一人になった時のことを考えれば、今でも答えは出ないままだ。
それでも正直に言えば、そういう理屈とは関係なく、
ただ彼に幸せになってほしいと思っている。

働くか働かないか。
世間からどう見られるか。
将来どうなるのか。

そんなことを全部飛び越えて、ただ幸せであってほしい。
それが親というものなのかもしれないし、
それ以上でも以下でもない気がする。



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お小遣いゼロの夫より使えない妻

◼️夫のお小遣い、実際いくらなのか問題


夫のお小遣いは月4万円だ。
でも毎月2万円前後、戻ってくる。
アルコール代以外、ほとんど使わないからだ。
散髪も洋服も会食も家計から出る。
その話を同僚や友人にするとびっくりされる。
でも、夫が勝手に返してくれるのだ。
一度も使わない分を返してと言ったことはない。
むしろ、自分で貯めておいて好きなもの買ったら?と言っても、
欲しいものはない
と毎月きっちり返される。
なので実は、それはもう翌月の予算に入っている。

そう考えると、夫の実質お小遣いはいくらなのだろう。

4万円なのか。
2万円なのか。

それともゼロなのか。
いまだによくわからない。

◼️私にはお小遣いがない

一方、私はお小遣い制ではない。
欲しいものがあれば買うし、
友人とランチにも行く。
旅行だって行く。
家計を管理しているのだからそこは適当にやれる。
夫から文句を言われたこともない。
客観的に見れば、
かなり自由な立場なのだと思う。
だから、夫より私の方が得をしているように見えるかもしれない。
でも最近、ふと思うことがある。
毎月3万円でも5万円でも渡されて、
「これで好きに使いなさい」と言われる方が、
案外気楽なのではないか、と。

◼️使わない夫と、使えない私

世の中には、夫のお金遣いで悩んでいる家庭がたくさんある。

浪費癖。
ギャンブル。
趣味への散財。

そういう話を聞くたびに、
うちは夫のお金遣いに関しては
恵まれているのだと思う。
夫は本当に使わない。
趣味はテレビとスーパーの折込チラシ。
特売のビールや日本酒を見つけては嬉しそうにしている。
お金のかからない人間の完成形みたいな人だ。

なので私は余計に使いづらいのである。
家計を知っているから使えない
家事も育児もやってきた。
仕事もずっと続けてきた。
家計の管理も私だ。
だから本来なら、
多少使ったところで後ろめたさを感じる必要はない。
それなのに、何かを買うたびに少しだけ心がざわつく。
罪悪感というほどではない。
でも、どこか落ち着かない。
たぶん私は家計の数字を知りすぎている。

預金残高も。
投資額も。
これから必要になるお金も。

全部見えている。

だからお金を使うたびに、
その数字が減るのが見えてしまう。
知らない方が気楽だったのかもしれない、
とさえ思うことがある。
お金は何のためにあるんだろう
最近よく考える。

◼️お金は何のためにあるのだろう。

残高を眺めて安心するためなのか。
増やして、また眺めるためなのか。
それとも人生を少し豊かにするためなのか。
頭ではわかっている。
たぶん答えは「使うため」だ。
でも長年、家計を守ることを優先して生きてきた人間は、
そう簡単には変われない。
夫は使わない。
私は使えない。
最初は、どちらが得でどちらが損なのかという話だと思っていた。
でも考えてみたら、そういうことでもない気がする。
夫は夫なりに満足している。
私は私なりに安心を買っている。
結局のところ、お金との付き合い方が違うだけなのかもしれない。
正解も不正解もない。
ただ最近は思う。
老後のためにお金を残すことも大事だけれど、
元気な今しかできないこともある。
使うことにも、少しずつ慣れていかなければいけないのかもしれない。
そう思いながら今日も私は家計簿を開き、
夫は特売のビールを探している。

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